子どもへの性教育を、親から始められない家庭に共通すること
「必要とわかっていても実施しているのは3割」——性教育が家庭で始まらない本当の理由は「恥ずかしい」だけではない。父親と母親に生まれる暗黙の役割分担のズレと、始めやすいタイミングを整理する。
2026-07-23

性教育を子どもに教えることの大切さを、知らない親はほとんどいない。わかっている。でも、始められていない。
第1子が小学生である保護者を対象とした調査では、84.6%が「家庭での性教育は必要だ」と答えた。しかし実際に行っているのは32.1%にとどまる(CiNii掲載論文「第1子に小学生がいる保護者の家庭での性教育支援に関する検証」)。必要性の認識と実践の間に、50ポイント以上のギャップがある。
「恥ずかしい」「どう教えていいかわからない」——これは多くの親が感じていることで、嘘ではない。しかしそれだけが理由ではない。性教育が家庭で始まらない背景には、夫婦の間で「誰が」「いつ」「何を」教えるかが話し合われていない、という構造的な理由がある。
「恥ずかしい」の先にある問題
「どう教えていいかわからない」という言葉は、子育て経験のある多くの親が口にする。医療系企業・mederiが2023年に実施したアンケート(345人対象)によると、性教育に「抵抗や難しさを感じた」と答えた親は全体の約70%にのぼる。
その感覚は理解できる。多くの親世代は、自分自身が家庭で性教育を受けた経験がない。学校で習ったことも断片的で、「赤ちゃんはどこから来るの?」という子どもの問いに、どの言葉を選べばいいかがわからない。
しかしこの「わからなさ」の深層には、もう一つの問題が潜んでいる。「どちらかがやるだろう」という相手への期待が、夫婦のどちらにも存在しているという問題だ。母親は「自分がどうにかしなければ」と漠然と感じながら、父親は「妻がうまくやってくれるだろう」と考えている。その結果、夫婦のどちらも動かないまま時間が過ぎる。
父親が担っていない現実

性教育への関与は、母親と父親で大きく差がある。第1子に小学生がいる保護者を対象とした上記の研究では、父親が実際に性教育を行っている割合は14.9%だった。全体の実施率32.1%と比較すれば、実質的に性教育を担っているのはほとんどの場合、母親であることがわかる。
なぜ父親は担わないのか。「男親が性の話をするのは難しい」という感覚があるのかもしれない。「妻がやってくれるだろう」という暗黙の委任があるのかもしれない。あるいは「学校がどこかのタイミングで教えてくれるはず」と考えているのかもしれない。
原因が何であれ、夫婦の間で「誰が担うか」を話し合っていなければ、担い手は自然と母親に集まる。母親は「なぜ私だけが考えなければならないのか」という感覚を持ちやすく、父親は「特に困っていない」という状態で時間が過ぎる。
この構造は、家事や育児の見えない負担が母親に偏るパターンと同じだ。「誰かがやるだろう」という空白を、担わされやすい方が埋めていく。
子どもへの性教育、夫婦で方針を決めていますか? ふたりごとには、育児・教育・お金・将来など400問以上の質問を週1回ふたりに届けます。それぞれが答えて、金曜に答え合わせをします。
「学校任せ」には、前提がある
「性教育は学校でやってくれる」という認識は、完全に間違いではない。学校では生殖の仕組みや月経・射精といった基礎的な知識を扱っている。しかし学校の性教育には、扱える範囲に制約がある。
国際NGOプラン・インターナショナルが2025年に実施した保護者調査(1,906人対象)では、保護者が性教育に期待するテーマとして「妊娠・避妊」「性的同意」「SNSトラブル対応」が上位に挙がった。これらは現在の学校教育では十分にカバーされていない内容だ。
「学校に任せる」という選択が成立するのは、学校が何を教えられて何を教えられないかを理解した上での話になる。「性的同意」や「インターネット上の性的コンテンツとの接触」は、学校のカリキュラムが追いつく前に子どもが直面するリスクがある。親が「そのうち学校で教えてくれるはず」と思っている間に、子どもが誰かから、あるいはネットから情報を手に入れているというケースは珍しくない。
性教育は「一度の話」ではなく「積み重ね」
性教育を「どこかで一度きちんと話す」ものだと思っていると、始めるタイミングが永遠に来ない。「中学校に上がる前に」「思春期になったら」と先送りしているうちに、子どもはすでに断片的な情報を外から集めてしまっている。
実際には、性教育は年齢に応じた積み重ねだ。
- 0〜5歳: プライベートゾーン(水着で隠れる部分)の概念を伝える。自分の体は自分のもので、他人に触れさせる必要はない、ということを自然な文脈で。性器の正しい名前を教えることも、この段階からできる。
- 6〜9歳: 赤ちゃんはどこから来るか。生命の誕生と仕組みを、子どもの問いに答える形で。
- 10〜12歳: 月経・射精・ホルモンの変化。自分の体に何が起きるかを先に伝えておくことで、変化が始まったときに「想定内」にできる。
- 13歳以降: 性的同意、避妊、インターネット上の性的コンテンツとの付き合い方。
幼児期の「プライベートゾーンの話」は、性教育の入口であり、同時に性被害防止の文脈でもある。「自分の体は自分のもの」というメッセージは、恥ずかしさなく自然に伝えられる内容だ。そしてこの段階から話を重ねることで、「性に関する話題を親と話せる」という関係性が育まれる。難しい話を一度でするより、小さな話を何度も積み重ねる方が、子どもにとっても親にとっても負担が少ない。
夫婦で確認しておくこと
性教育を始めるにあたって、夫婦の間で事前に揃えておきたいことがある。
「いつから」より「なんのために」を話す
「いつから始めるか」は、「なんのために性教育をするか」という目的が揃っていないと決まらない。「性被害から守るため」「正しい知識を身につけさせるため」「自己決定の力を育てるため」——目的によって何をいつ教えるかが変わる。具体的な方針の前に、ふたりの目的を言葉にする機会を持つことが出発点になる。
「どちらが話すか」を曖昧にしない
父親が息子に話す、母親が娘に話す、という分担もあれば、性別に関わらず両親が話せる環境を作る場合もある。決まった正解はないが、「どちらかがやるだろう」という状態のまま放置すると、母親に全部集まる。一方が「自分がやる」と決めていても、相手が認識していなければ連携が生まれない。
話し合える関係を今から作る
性教育の最終的なゴールは、子どもが困ったときに親に相談できることだ。思春期を迎えた子どもが体の変化や異性への関心について「親には言えない」と感じてしまうのは、その前の段階でそういう話を家でしてこなかったからであることが多い。「うちではこういう話をしていいんだ」という空気は、幼い頃からの積み重ねで作られる。
性教育が始まらない家庭の多くは、「恥ずかしい」ではなく「誰が始めるかを夫婦で話していない」という状態にある。子どもに話す前に、ふたりで話すところから始まる。