子どもが学校に行きたがらない朝、夫婦の意見より先にすることがある
「休ませる」か「行かせる」かで夫婦の意見が割れる。でもその前に、ふたりが共有しておくべきことがある。登校しぶりへの向き合い方を整理する。
2026-07-24

「学校、行きたくない」——子どもがそう言い始めた朝、ふたりの反応はたいてい違う。一方は「どうした、何かあった?」と掘り下げようとし、もう一方は「でも今日は大事な日だから」と促そうとする。子どもはふたりの間で固まる。
このとき夫婦に起きているのは、「休ませるべきか行かせるべきか」という方針の対立だ。でも、その判断を先に求めることが、対応を難しくしていることがある。
「行く・休む」を先に決めようとするとき何が起きているか
子どもが登校を渋り始めたとき、親が最初に向き合う問いは「今日どうするか」だ。時間的なプレッシャーもある。学校の始業時間が迫り、仕事の準備もある。「行く・休む」を今すぐ決めなければならない状況に追い込まれる。
その切迫感の中でふたりの意見が割れると、子どもの前で方針が対立する形になる。「行きなさい」「でも無理に行かせなくていいんじゃないか」——このやり取りを子どもは聞いている。ふたりが揃っていないことを感じた子どもは、どちらかに寄っていくか、あるいはその場をやり過ごすために「やっぱり行く」と言ってしまうこともある。
問題は、「行く・休む」が間違った問いではないことだ。最終的には決めなければならない。ただ、この判断に必要な情報が揃っていない段階で先に判断しようとすると、判断の根拠がふたりの「気持ち」や「育ってきた価値観」になる。それが方針の対立を生む。
登校しぶりはどのくらい起きているのか
株式会社DeltaXの2025年調査によると、登校を渋ったことがある子どものうち46.6%は実際には「休んでいない」と回答している。一方で、週1回以上学校を休んでいる子どもは26.1%にのぼり、4人に1人が継続的な欠席を経験している状況だ。
認定NPO法人カタリバの調査では、ほぼ毎日学校に通いたくないと感じながらも通っている「仮面登校」状態の中学生が推計41万人いるとされている。文部科学省「令和6年度調査」で報告された不登校35万人を上回る数が、表面化していない形で存在している可能性がある。
これらの数字が示すのは、「うちの子だけが行きたがらない」という状況ではないということだ。登校しぶりは特殊なサインではなく、多くの家庭が経験する出来事として捉える方が、対応の冷静さを保ちやすい。
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判断の前に確認すること

「休ませる・行かせる」を決める前に、ふたりで確認しておくべきことがある。
何がきっかけで言い始めたか。「先週からちょっと元気がない」「昨日友達とトラブルがあったらしい」「朝だけ嫌がって昼には回復している」——きっかけや時間的なパターンによって、対応の方向は変わる。繰り返している場合と、初めて言い出した場合でも違う。
子どもが何を言っているか。「お腹が痛い」「頭が痛い」という身体症状を訴えているのか、「〇〇くんが嫌だ」と具体的な理由を言っているのか、「なんとなく行きたくない」と言葉にできていないのか。言葉の種類によって、最初に動くべき方向が変わる。
どちらの親がより多く様子を見ているか。朝の送り出しを主に担っているのはどちらか、子どもがより話しやすいのはどちらか——情報量に差があるまま「どう思う?」と話し合っても、見えているものが違う状態になりやすい。
「今日どうするか」と「これからどうするか」を分ける
登校しぶりへの対応が難しいのは、「今日の判断」と「継続的な方針」が混在するからだ。
今日休ませるかどうかは、子どもの状態に応じた判断だ。発熱があれば休む、明確な体調不良がなければ様子を見ながら登校を試みる、どうしても無理そうなら休む——この判断は状況によって変わって当然だし、都度変わってもいい。
一方で「どうなったら学校に連絡するか」「何日続いたら専門家に相談するか」「学校の担任には何を伝えるか」といった判断は、ふたりであらかじめ合意しておくと、毎朝の判断が楽になる。毎回ゼロから議論するのではなく、「こういう状態になったらこうする」という枠組みを持っておくことで、プレッシャーの中でも対応に一貫性が出やすくなる。
子どもへの対応をふたりで統一する意味
登校しぶりが続く場合に夫婦がかみ合っていないと、子どもは親を使い分けるようになる。「お父さんに言えば休ませてもらえる」「お母さんには言っても無駄」——これは子どもが意地悪をしているのではなく、状況を読んで動いているだけだ。
親の対応がばらばらだと、子どもは「学校を休むかどうか」の問題よりも「どちらの親に言うか」を先に考えるようになる。本当の状態が見えにくくなる。
対応を揃えると言っても、ふたりが全く同じ言葉を使う必要はない。子どもの前で「この家庭では今日は様子を見よう」という方向を示せる程度で十分だ。「お父さんはこう言ってたけどお母さんはどう思う?」という問いを子どもにさせない状況を作ることが、対応の一貫性の意味だ。
「行く」か「休む」かより大切なこと
登校しぶりに正解はない。休ませることが正解になるケースも、登校を促すことが正解になるケースもある。子どもの状態と、その背景にある原因と、家庭の状況によって判断は変わる。
ふたりの意見が違うこと自体は問題ではない。見えているものが違えば意見が違うのは当然だ。問題になるのは、その違いを子どもの前に持ち込んだとき、あるいは子どもが「親がばらばらだ」と感じたときだ。
見ている情報を共有すること、判断の基準を事前に話しておくこと、今日の決定とこれからの方針を分けて考えること——これらが揃うと、「行く・休む」の決断そのものより、その決断をふたりで落ち着いて下せるかどうかの方が、子どもにとっては大きな意味を持つ。