子どもに本を読ませたい。でも夫婦の「読書観」が違うと話がかみ合わない
「もっと本を読んでほしい」「本じゃなくてもいいんじゃないか」——読書への価値の置き方の差は、ふたりが何で育ったかを反映している。子どもが読む前に、ふたりで整理する。
2026-07-24

「もっと本を読んでほしいんだけど」「別にゲームしながらでも学んでるじゃないか」——読書をめぐる夫婦の会話は、どちらかが「読書は大事」という感覚を持っていて、もう一方は「本じゃなくてもいい」という感覚を持っている構図になりやすい。
「読書は良いこと」という共通認識があるように見えても、「どれほど重要か」「どう促すか」「それ以外の手段は認めるか」という具体的な話になると、ふたりの方針が全く違うことがある。
読書が子どもに与える影響
読書が子どもの発達に与えるプラスの影響は、複数の研究で支持されている。
語彙・読解力・集中力の発達との関連は多くの研究で確認されており、特に親が子どもに読み聞かせをする「共同読書(シェアドリーディング)」は、言語発達・認知発達だけでなく、親子の関係性にもプラスの影響があるとされている。文部科学省の学力調査でも、読書量と学力の間に一定の相関が報告されている。
ただし、「本を読めば賢くなる」という単純な因果関係があるわけではなく、読書が好きな子どもはもともと知的好奇心が高い傾向があることも指摘されている。「読書をさせる」より「本が身近にある環境を作る」方が、長期的に習慣につながりやすいという研究知見もある。
「読書への価値の置き方」の差
読書を重視する側と、必ずしもそうでない側では、何が背景にあるか。
「本をたくさん読んでほしい」と思う側には、自分が読書で世界が広がった実感がある場合や、読書習慣がなかったことを後悔している場合、または「本を読む子=賢い子」というイメージが強い場合がある。
「本じゃなくてもいい」と思う側には、自分自身はあまり本を読まないが特に困っていない経験がある場合や、動画・ゲーム・会話など他の手段での学びを評価している場合、または「本を無理に読ませることへの違和感」がある場合がある。
どちらの立場も、子どもの将来への思いからきている。「本を読ませたい」も「無理強いしなくていい」も、子どもへの関わり方への考え方の差だ。
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「好きにさせる」と「環境を整える」の間

読書習慣の形成で夫婦の意見が割れるとき、「読ませるかどうか」より「環境をどう作るか」という視点で話し合うと、方針が揃いやすくなることがある。
「読みなさい」と言っても読まない子どもに対して、強制で習慣は作れない。一方で「本が好きになるかどうかは本人次第」と完全に手放すと、本に触れる機会自体がなくなることもある。
現実的な関わり方として効果がある傾向があるのは、家に本がある状態を作ること、親自身が本を読んでいる姿を見せること、子どもが興味を持てるジャンルの本を選ぶこと(漫画・図鑑・実話・冒険もの)、図書館に一緒に行って本人に選ばせることなどだ。「読書習慣を作る」より「本と子どもの距離を縮める」という視点の方が、子どもの本への興味を尊重しながら関わる手がかりになる。
漫画・図鑑・電子書籍は「読書」か
「本を読んでほしい」という側と「本じゃなくてもいい」という側の間で、しばしば争点になるのが「何を読書と認めるか」だ。
漫画は読書に含まれるか、図鑑はどうか、電子書籍はどうか——これらへの答えはふたりの「読書観」によって変わる。
研究の観点からは、漫画でも語彙・読解・論理的思考が育まれることは確認されており、「活字でなければ読書ではない」という定義は、学術的には支持されにくい。子どもが本の形のものに関心を持つこと自体が、読書習慣への入り口になる可能性がある。
「漫画はダメ」と決めてしまうと、子どもが文字・物語に親しむ入り口を閉じることになる場合がある。「まず何でもいい、文字や本への関心を育てる」という方向でふたりが揃っていると、「漫画vs活字」の議論より子どもの状態に合わせた関わりができる。